外科学シケプリ - 2003 M2のぺーじ

炎症性腸疾患

2003年4月14日5限
渡邊聡明 大腸肛門外科助教授

この講義では炎症性腸疾患inflammatory bowel disease(IBD)のうち,潰瘍性大腸炎とクローン病の2つが扱われました。これらの病気にはまず内科的な治療が行われるのですが,外科学ということでもっぱら手術方法中心の説明でした。

この回の プール問題はこちら です。

講義でとくに強調されたキーワードだけ書き出しておくと――

ただし プール問題 では上記はまったくといっていいほど扱われていません。 [2003-08-30]

潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎ulcerative colitis(UC)とは,大腸の粘膜および粘膜下層に炎症が起こり,びらんや潰瘍ができる病気です。

患者さんの主訴は粘血便(血液・粘液・膿の混じった便)で,悪化につれて下痢・腹痛・発熱なども伴います。発症年齢は20代をピークに10〜30代の若年齢層に多く分布。 男女差はありません。日本の患者数は7万人を超えています。

炎症は直腸から始まって,連続的に結腸に広がっていくとされます。つまり,S状結腸→下行結腸→横行結腸→上行結腸のように上行性に炎症が進んでいくわけです。その進み方に応じて,直腸炎型・左側大腸炎型(横行結腸の左半分まで)・全大腸炎型に分類されることがあります。

発症の原因は自己免疫疾患が有力視されていますが,いまだ明らかではありません。

病状は多くの場合,悪化している時期(活動期)と炎症がおちついている時期(緩解期)とをくりかえします。予後は必ずしも悪くありません。

――以上は講義でほとんど説明されていないので,覚える必要はないのかも知れませんが,念のため。

潰瘍性大腸炎の外科治療の適応

これはプリントにあるとおりで,厚生労働省の「特定疾患難治性炎症性腸管障害調査研究班」による指針です。「絶対的適応」の3つは覚えるように,とコメントあり。

絶対的適応とは手術による治療を第1とすべき状態のことです。放置すれば死亡する可能性もあるので,これは是非なしです。上記のうち,中毒性巨大結腸症toxic megacolonとは,大腸炎が急速に悪化して,大腸内に毒素やガスがたまり,その結果大腸が風船のようにふくらんで巨大になった状態のことです。全身に中毒症状も現れます。また大腸癌の場合は必ずしも炎症がひどくなく,見かけは元気な患者さんもいるので,注意が必要です。

相対的適応は,内科的治療の継続がいちおう可能であっても,外科的治療(手術)の効果や術後のQOLを検討したうえで総合的に有利と判断されたならば,手術を選択する場合をいいます。たとえば若い女性の患者さんで,大量のステロイド投与で骨がぼろぼろになるぐらいなら,手術にふみきったほうがよいでしょう。

潰瘍性大腸炎と大腸癌

長期経過(7,8年以上)の潰瘍性大腸炎では大腸癌のリスクが高くなります。このような患者さんには,年に1回のサーベイランス内視鏡検査が重要になります(もっともコストパフォーマンスを重視するなら,2年に1回で十分だとか,10以上経過の症例に対してでよいとかいう議論もあるそうですが)。

大腸癌合併例には,異型上皮dysplasiaがみられることが多い。これは覚えておかねばなりません。手術の相対的適応にも出てきたよう,異型上皮が認められたなら,その段階で手術(あるいは他の治療)を検討する必要があります。もちろん,異型上皮があったからといって100パーセント大腸癌を合併しているというわけではありません(小テスト)。

潰瘍性大腸炎に対する手術様式

プリントに図が4つ出ています。覚えるべきは,IACAとIAAの2つです。

この両者はだいたい同じということを覚えておけば十分なのかも知れませんが,講義ではけっこう少しくわしく説明がなされていました(なお『STEP外科2』と『NEW外科学』をみたところ,共にIAAの説明のみで,IACAは載っていませんでした)――

全結腸切除+直腸粘膜抜去+回腸嚢肛門吻合術(IAA)とは,結腸をすべて摘出し,直腸粘膜もすべて抜去したうえで,回腸の断端部にJ型のバウチpouch(pouch of a kangarooといえば「カンガルーのふくろ」のことでしたね)をつくり,これを肛門(より正確には歯状線)と吻合する手術方法のことです。

大腸亜全摘+回腸嚢肛門吻合術(IACA)は,結腸をすべて摘出し,直腸粘膜を1〜2cmのこして抜去したうえで,回腸断端につくったJ型パウチを肛門管(肛門ではない!)と吻合する手術方法です。

IAAは直腸粘膜をすべて取り除くので,潰瘍性大腸炎の起こる可能性が完全になくなります(炎症は直腸からスタートするのでした)。対してIACAはわずかながら直腸粘膜が残っているので,炎症の危険性ものこってしまうわけです。その代わり,肛門括約筋の機能はIACAのほうがIAAよりもよく残り,したがって排便機能はIACAが優れていると考えらます。またIACAは器械吻合できる(プリントの「double stapling technique」)ので比較的簡便に手術できるのに対し,地道に手でやるしかないIAAは手術は難しくなるという違いもあります。――このようにIAA,IACAのどちらが優れているとは一概にいえず,病院や地域ごとに流儀があったりするそうです。東大病院では症例ごとに両者を使い分けています。

プリント2枚目「5) 術後の問題」はIAAとIACAの微妙な違いに関する資料です。おおざっぱにいって,合併症が少ないのはIAA,排便機能が優れているのはIACAです。また「6) 潰瘍性大腸炎発症後累積非手術率」は,全大腸炎にたいして直腸炎や左側大腸炎(これらの用語は本稿冒頭で述べました)のほうが手術をしなくてもよい割合が大きいという,ごく当たり前のことを示しています。

クローン病

クローン病Crohn's diseaseも炎症性腸疾患のひとつです。この講義は「大腸」というタイトルがついていますが,クローン病は大腸だけにかぎった疾患ではないことに注意しましょう。

クローン病は,口腔から肛門までのあらゆる消化管にも炎症や潰瘍が起こる病気です。 非連続性の病変(病変と病変のあいだに正常部分も存在する)を特徴とします。

腹痛・下痢を主訴とし,日本では10〜20代に多く,男女比は2:1,患者数は2万人超。原因は不明。

クローン病の外科治療の適応

これも厚労省による指針です。

クローン病はすべての消化管をスキップしながら侵すので,病変部位を外科的に切除しても残存部位に再発する可能性が高く,外科手術で根治させることは期待できません。 したがって手当たりしだい手術すればいいというわけではない(潰瘍性大腸炎ではむしろ積極的に手術します)。

クローン病に対する手術術式

しかし症状がひどいときは,腸切除もおこないます。このとき再発のたびにくりかえし小腸を切除していると,小腸の消化機能が果たせなくなり(短腸症候群),中心静脈栄養(IVH)に頼らざるを得なくなってしまいます。

腹内に管をいれて膿をとるドレナージもあります。

狭窄形成術(strictureplasty)は覚えるべきで,これは腸を切除せずに狭窄部分を広げるというものです。何種類かありますが,Heineke-Mikulicz法を覚えてください。プリントの図のように,狭窄部分に割線をいれてその部分を広げ,逆に大きくする方法です。

難治性の痔瘻が合併するのもクローン病の特徴です。これに対してはseton法が第1選択です。seton法では,瘻管を掻爬して,ビニールテープを挿入し輪をつくって両端を結びます。そして炎症が治ったら徐々にテープを細くしていき,数週間から数カ月後にとりはずします。

小テスト

yes/no で回答する形式でした。

  1. 潰瘍性大腸炎には大腸癌が合併しにくい。
  2. 潰瘍性大腸炎に対する標準術式は回腸直腸吻合である。
  3. 異型上皮(dysplasia)が認められた場合,必ず他の大腸の部位に進行癌が存在する。
  4. クローン病の合併症のひとつは難治性痔瘻である。
  5. クローン病の難治性痔瘻に対するfirst choiceはseton法である。

答え:順に,no,no(IAAやIACA),no(「必ず」とはいえない),yes,yes。

参考

炎症性腸疾患について参考になりそうなWebを紹介します。このシケプリを書くのにも参考にしました。


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