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ガン抑制遺伝子(1)/アポトーシス

病理学総論講義 
2003/1/27(月)1限目
ガン抑制遺伝子(1)/アポトーシス    
分子病理学  宮園 浩平 教授
担当:後藤 多嘉緒

基本的に去年のしけぷりの出来がよいので、今年話さなかった内容を除き、また足りない部分を付け加える形で作っていきます(といってもかなり原形とどめてないですが)。講義プリントは各自手に入れてください。小講堂の前にまだ置いてあるかもしれません。

(1) 遺伝性腫瘍の例

癌は必ずしもすべてが遺伝で起こるというわけではないが、癌の種類によってはすべて遺伝するものがある。このような遺伝性の癌を研究することによって、様々なガン遺伝子が見つかった。

表11-9はガンとその原因遺伝子を示したもの。あとで詳しく述べるので、ここでは軽く眺めておけばよいと思います。いくつか補足すると、Li-Fraumeni症候群の原因遺伝子は一般的にはp53とされていて、実際にはそれ以外にも存在する。しかし、とりあえずp53と考えておいてよいそうです。

[ガン遺伝子とガン抑制遺伝子]

ガン遺伝子(oncogene):通常では抑えられていて、異常が起こると発現しだしてガン化するもの。染色体の一本が発現すると効果を発揮する。Gain-of-function.

ガン抑制遺伝子(anti-oncogene):通常では発現していて異常が起こると、発現がとまりガン化するもの。2本の染色体が両方障害を受けて(2ヒット)、効果が現れる。Loss-of-function.

[まずはRb遺伝子と網膜芽細胞種の話]

(2) 網膜芽細胞種の発症メカニズム

網膜芽細胞腫(Retinoblastoma)は染色体13q14(覚えなくてよいらしい)に存在するRb遺伝子の変異によって生じる。

全体の60%を占める散発型と40%占める家族型に分けられる。散発型では家族歴がなく、10歳以降の年齢の高い子供で片眼に生じることが多いのに対して、家族型では家族歴があり、4歳までの若年で両眼に発症し、しばしば他のガン(骨肉腫)を合併する。これらの事実からKnudson(ガン疫学研究をしていた)は、かの有名な"two-hit theory"を提唱した。ヒトは父親由来と母親由来の2対の染色体を有しているが、網膜芽細胞腫の発症には両者のRb遺伝子に変異が生じなければならない。散発型では、正常な遺伝子を持って生まれてくるため家族歴はなく、また生後2回Rbに変異が生じなければ発症しないので、発症までに時間もかかる。一方、家族性では保因者の親からRbに変異をもつ生殖細胞を受け継ぐため、生まれた時点で体中のすべての細胞で、片方のRbがつぶれている。もう片方のRbに変異が生じただけで発症するため、発症年齢もはやく、しかも両眼で生じやすい。プリントにあるのは父親側に異常がある場合の例である。

Rbは遺伝の形式としては常染色体優性遺伝をする(片親の遺伝子に異常があると、発病の可能性があるから。現実には突然変異はほとんどの保因者で起こってしまうらしい)。15歳までの子供に生じ、治療法は現在のところ眼球摘出しかない。

(3) 細胞周期のチェックポイントにおけるpRBの役割

Rb遺伝子を元に合成されるタンパク質をpRb(pはproteinのp)と呼ぶが、これは細胞分裂を抑えるのに役立っている。G1期→S期のところで作用する。遺伝子に障害が生じた場合、細胞周期を一度止めて遺伝子を修復しなければならないが、pRbを欠損すると、細胞周期が止まらず異常なタンパクが次々と合成されガン化する。

転写因子であるE2Fが活性型になると細胞は分裂を起こす。通常では、G1期において低リン酸化型のpRbとE2Fが結合し、pRbがE2Fの活性を抑えている。それがS期に移行するとpRbが高リン酸化されE2Fから離れ、E2Fが活性型になる。pRbを欠損するとつねにE2Fはフリーな活性型であり、細胞分裂が止まらない。

Rb遺伝子は網膜や骨にのみではなく全身に存在し、細胞周期を調節しているが、網膜芽細胞腫や骨肉腫しか症状がない。これは網膜や骨以外の部分ではpRbと類似した、p130やp107(これらをRbファミリーと呼ぶ)などが発現しており、pRbが失われてもその働きを代償しているためである。

(4) DNA腫瘍ウイルスによる細胞増殖メカニズム

ヒトパピローマウイルス由来のE7タンパクは、E2Fの代わりにpRbと結合してしまうため、E2Fが入れなくなってフリーな活性状態になってしまう。それにより増殖がとまらなくなってしまう。

[ここからはp53とLi-Fraumeni症候群の話]

(5) ヒトp53のドメイン構造

p53(TP53とも言う)の名は53kDのタンパクを作ることに由来する。染色体の17p13にある。ヒトのガンで最も重要なガン抑制遺伝子である(ガンの70%において異常が存在する)。図はp53のいろいろなところに変異が起こることを示している。パピローマウイルスによるE6タンパクはp53に結合して、この作用が抑制される(これは(4)の図にも載っている)。またHBVがつくるXタンパクもp53の作用を抑制する。

p53 ファミリーにはp51やp73といったものがあるが、p53がガンの抑制のためには不可欠である。

(6) リン酸化によるp53の安定化・活性化機構

p53はDNAの修復を司る転写因子である。〈運転中に車の調子がおかしい事に気づきました.普通、一旦車を止め、おかしなところを修理しますが、どうしても修理しきれないときには廃車にまわします。それと同じ事を行っています。〉p53は半減期が20分と非常に不安定である。これはMDM2というタンパクがp53と結合して常にp53をユビキチン分解しているためである(生体内に多くあっても困るものは、ユビキチン化して絶えず作っては壊しているのである)。

DNAが損傷を受けるとATMというタンパクによりp53がリン酸化され安定になり、本来の機能を発揮する。まずCDK inhibitor であるp21を発現させることで細胞周期を停止する。続いてp53R2(最近見つかったもの)、GADD45(教科書的にはこれ)などを発現してDNAを修復する。これで正常に修復された場合には、MDM2が作られて、再びp53が分解されて、細胞周期が動き出す。極度のDNA損傷を受け修復不可能な場合にはp53がさらにリン酸されて、p53AIPやBAXを発現してアポトーシスを起こす。

(7) ゲノムの完全性を維持するためのp53の役割

図はロビンスの最新版からとったもの。(6)で説明した内容がわかりやすく図になっている。左半分が正常な場合で、右半分がp53が壊れたときのガン化の内容である。

p53に変異が生じてDNAの修復機構が正常に働かず、異常な細胞増殖が生じたのがLi-Fraumeni症候群である。腫瘍が全身、特に乳腺、結腸などに多発し、肉腫も引き起こす。 ATMに関して補足。これはDNAの損傷を感知するタンパク質である。これに関してAtaxia telangiectasiaという小児の病気がある。これは毛細血管を拡張し、小脳変性失調症、免疫異常、精神遅滞、リンパ腫を引き起こす(とりあえず病名くらい知っておけばいいらしい)。

[APC遺伝子とFAP(家族性大腸腺腫症)の話]

(8) β-カテニンとWntシグナル経路の大腸癌発生における役割

疾患名はFamilial Adenomatous Polyposis Coli の頭文字を取ってFAP。その原因遺伝子はFamilial Adenomatous Polyposis Coli の頭文字を取ってAPC(染色体5q21)。

全大腸癌の5%が遺伝性であり、1%がFAP、2%がHNPCC(次回の宮園先生の講義参照)、残り2%は原因不明である。100個以上のポリープが存在すればAPCと診断される。50歳までに必ず癌化してしまうため、現在では予防的大腸切除術がもっとも有効な治療とされている(特効薬なし)。20才前に大腸を全摘する。最近ではcox-2 inhibitorを飲むと発症が遅くなるといわれていて、うまくいくといいですねーとおっしゃっていました。

βカテニンには(1)Wntシグナル(細胞増殖促進)と(2)E-cadherin(細胞接着に重要)の両方に関与している。FAPはこのうち、Wntシグナル伝達経路に関与している。(Wntシグナルがないときは、βカテニンはE-cadherinにくっついて、細胞接着に関与している。)βカテニンは、通常はGSKというタンパクによってリン酸化されており、リン酸化βカテニンはユビキチン化により次々破壊されている。Wntシグナルが入ってくると、GSKが阻害されリン酸化されていないβカテニンが蓄積し、核内へ移行し、標的遺伝子の転写を開始する(βカテニンは転写因子としても働く)。APCはβカテニンがGSKによりリン酸化される反応の足場となっている。そのため、APCを欠損する場合にはβカテニンがリン酸化されず、ユビキチン分解されずに蓄積し、Wntシグナルが入っていない不必要なときでも標的遺伝子が転写されてしまい、癌化する。

(ポイント)APCがないとWntシグナルがなくてもβカテニンがたまってしまう。たまったβカテニンが細胞増殖を促進するように働く。

[家族性乳がんについて]

(9) DNAのメチル化とがん

(1)の一番下を見てください。BRCA1の変異によるもので、家族性のものではほぼ異常が見られ、非常に重要らしい。しかし、家族性の乳がん以外ではこの遺伝子の変異はまったくみられない。APCやRbとは大きく違うところである(APCやRbでは遺伝性でなくても結構見つかった)。なぜかはよくはわかっていないが、DNAのメチル化にあるかもといわれている。DNAのメチル化で転写スイッチはOffになることによる。遺伝性のガン以外ではDNAのメチル化が起こった例があったらしい。(以上の内容は確立していないのでテストには出ないそうです)

[アポトーシスについて]

(10) 凝固壊死とアポトーシス

壊死では、周りに影響を与えて炎症が見られる。アポトーシスではクロマチン断片化はおこり、アポトーシス小体ができマクロファージに食べられる。よってアポトーシスでは炎症は起こらない。

(11) Fas−FasLやDNA損傷によるアポトーシスの機序

FasやTNF-αというレセプタータンパク質は、3量体からなり、death domainという場所がある。これらのレセプターにFasL(Fasリガンド)がつくと、death domainにFADDタンパクがつき、それによりcaspase8が活性化し、これがcaspase3を活性化して、アポトーシスが起こる。

一方で、ストレスや放射線や化学物質がくることでDNAにダメージがおこるときもアポトーシスが起こることをp53のところで説明したが、このとき、BAXタンパク質が出来る。これはミトコンドリアに働き、膜の透過性を上げる。するとcytochrome Cが細胞質に出てくる。それによりcsspase9が活性化し、これによりcaspase3が活性化することでアポトーシスが起こる。cytochrome C放出にかかわるタンパク質をまとめると、

ということになる。

濾胞性B細胞リンパ腫というものがあり、これはIgのheavy chainとBCL2の染色体の転座がおこると、IgのプロモーターによってBCL2がどんどん増える。BCL2はアポトーシスを抑制するので、どんどん増殖してしまうことになる。


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